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2024.05.16 Thu

「是枝監督による映画づくりのための特別講座」開催レポート&インタビュー(2024.03.31実施)


「福岡の地の利を生かして、日本で一番国際色豊かな映画製作のハブとなる場づくりを目指してください」。
映画の未来を担うクリエイターの育成を目的に、世界的に活躍する映画監督・是枝裕和氏を講師に迎えて行われた「是枝監督による映画づくりのための特別講座」(クリエイティブ・ラボ・フクオカ主催)。1日限りの貴重な講座に参加したのは、現在、福岡市内を拠点に活動している5人の映画監督たち。講座では、是枝監督が各監督の作品に対して、一人ひとり丁寧に講評やアドバイスをしてくれるというぜいたくな内容。後半の質疑応答では、自身の映画づくりから、日本映画業界が抱える課題まで、映画制作にまつわる幅広い話題を共有してくれました。特別講座の様子や感想、また、地方都市を拠点にした映画づくりの課題や可能性について、是枝監督にお聞きしました。

5人の受講者が是枝監督に自作をプレゼン
特別講座に参加したのは、「福岡市に通勤・通学、もしくは市内で活動する映画監督や映画プロデューサーを志望するクリエイターで、過去に自作映画を有料で上映した経験や、映画祭などでの受賞経験がある」という条件をクリアした5人の映画監督たち。大学の映画製作コースを卒業したばかりの人もいれば、全く別の業種から映像業界に転身した人、国内外で行われる映画祭への参加経験・受賞歴が豊富な人、すでにプロとして劇場公開作を手掛けている人など、キャリアも背景も作風も異なる多彩なメンバーが集まりました。


2024年3月31日に行われた「是枝監督による映画づくりのための特別講座」(九州大学大橋キャンパス会議室にて)

特別講座は、1人20分ほどの持ち時間。まず過去に制作した作品や活動について簡単なプレゼンテーションを行ってから、15分程度の作品を上映。是枝監督から作品への講評や活動についてアドバイスをもらうというスタイルで進められました。


一人ひとりの作品を観て、細かい演出のディテールについて具体的なアドバイスをしていく是枝監督

「育てる」なんておこがましい。
ただ、具体的なスキルについてはアドバイスできることがある。

受講者への講評で印象的だったのは、是枝監督が細かいカットやカメラアングル、登場人物の立ち位置やセリフの違和感などに言及しながら、1つ1つ具体的にコメントをしていたことです。
世界の第一線で映画監督として活躍する傍ら、2014年4月から早稲田大学の教授として、映像制作実習の講義を行ったり、Coloso.(コロソ)で自身の作品を通した映画制作についてオンライン講座を開講したり、次世代の映画監督育成にも積極的にかかわっている印象が強い是枝監督は、「映画づくりを教えること」について、どんな思いをもっているのでしょう。

「若手の監督たちが映画をつくりやすい環境を整備するのは僕らの役割だから、そこは担うべきだと思っています。でも、好んでやっているわけではないですよ(笑)。それに「育てる」なんておこがましい。それに、映画監督としての精神論を語るつもりは全くありません。その人が持っている作家性みたいなものは、まわりが何を言おうが変わるものではないし、どこで何をしても出てくるものですから。ただ、脚本を書いたり撮影をしたりというスキルについては、アドバイスすることはできます」。

日本を含むアジアで映画を学ぶ学生を招いて行う東京国際映画祭の交流ラウンジなどで、若手監督と交流する機会も多いという是枝監督。ただ、今回のように地方で映画監督たちに接することは、めったにないそう。
講座の感想を尋ねると、「それぞれの受講者が目指す方向性もキャリアも違うので、15分の作品を見ただけで、具体的なアドバイスをするのは難しかったな。彼らが何を目指し、その目標といま作っている作品との間に、どのくらい距離があると認識しているか。それがわかれば、もっと役に立つアドバイスをして、背中を押してあげることができるんだけど…」と言います。

プロデューサー不足は、日本映画界全体の問題
約2時間半の講座のなかで、是枝監督が一番大切にしていたのは、受講者との対話。質疑応答では、作品づくり以外にも、「福岡でいいプロデューサーに出会うには」、「海外の映画祭に出品する際に意識したほうがいいことは」など、映画づくりをしている当事者ならではの質問もありました。

「いいプロデューサーが少ないのは、東京も同じ。特にインディーズの監督たちが、いいプロデューサーを見つけるのは難しい状況じゃないかな。プロデューサー不足は、いまの日本映画界で一番の問題です。原因は、業界として人材を育ててこなかった結果、プロデューサーが育つ土壌ができていないからです。ただ、僕が10年間続けてきた早稲田大学の映像制作実習の教え子のなかから、最近、有能なプロデューサーが2人も出てきました。1人は、『万引き家族』でアシスタント・プロデューサーをした後、『怪物』ではプロデューサーを担当。もう一人は、東映に入社し、プロデューサーになって、いまは僕が所属している制作者集団「分福」(※①)の若手監督作品をプロデュースしています。早稲田での講義は、プロデューサー育成を目的にしていたものではないけど、疲れ果てながら(笑)長年続けてきた成果かなと思っています」。

※①是枝監督や西川美和監督を中心に、映画監督、プロデューサー、ディレクター、脚本家など、“映像を中心としたものつくりに取り組む人々が集まり、ゆるやかな共同体を目指す”制作者集団

映画祭用の傾向と対策より、自分にとって切実なものを映像に
「海外の映画祭については、僕は意識していません。意識してつくったものは見透かされると思うから。自分が生きるなかで、いま一番切実だと思うモチーフを映像にし、映画にしていくことが、もっとも強い作品を生む出発点じゃないかな。確かに、映画祭を狙って受賞している映画もあるし、戦略としてはあるかもしれない。でも、傾向と対策を立て、ネタ探しをしてもうまくいかないと、思うんですよ。だからといって、つくりたいものをつくったからといって、みんなが見てくれるわけではない。自分にとって切実なものをちゃんと届けることが大事。そのためにスキルが必要なんです」。

「それから、映画祭に参加するなら、(プロデューサーや出資者と)なるべくたくさんのミーティングを持って、次回作の企画を英語でプレゼンしてくるという意識が大事じゃないかな。特に、国内マーケットがビジネスとして成立していないアジアの映画監督たちは、自国で1本映画を撮ったら、2作目以降は主にフランス、もしくはイギリスなどのプロデューサーと組んで、海外資本で撮っていくという発想を明快に持っています。一方、日本では、お祭り気分で映画祭に参加して、日本での凱旋興行がゴールという発想から抜け出せない人たちが多い。そういったところは日本の映画業界の悪いところ。意識を変えていく必要がありますね」。

映画を撮るために海外に行く監督が多いことに、日本の映画業界はもう少し危機感を持ったほうがいい
「世界における今の日本映画のイメージを大きく変えたのは、北野武さん。その後、黒沢清さん、僕、河瀬直美などが海外の映画祭に呼ばれるようになって、苗字がみんな「K」だったことから、全然違う作風なのに、僕らの世代がニューウェーブ的にひとくくりで紹介される時期が長かったように思います。ここ数年で、濱口竜介さん、深田晃司さん、早川千絵さん、三宅唱さんなど、“自分の文体”を持つ40代前後の新しい監督が出てきて、日本映画の層が厚くなってきた。濱口さんも深田さんも、いまはフランス資本で映画を撮れるようになり、海外の映画祭でも次回作が待たれる状況になっています。僕もフランスで『真実』という映画を撮りましたが、多くのアジア人監督がフランスで映画を撮る理由は、フランスにアジアの監督たちを積極的に助成し、サポートしてくれる制度や資金調達の仕組みが整っていることに加えて、いいプロデューサーがいるからです。それはすばらしいことだけど、才能ある監督たちが、映画を撮るためにフランスに行きたがるという状況に、日本の映画業界はもう少し危機感を持ったほうがいい」。


「海外の映画祭に参加できない場合は、各国の映画祭ディレクターやセレクション担当への窓口機能を担っている川喜多記念映画文化財団に作品を送ってみてもらうのも一つの手」と現実的にアドバイス

特別講座の最後には、「日本の場合、いろんなことが整備されておらず、映画監督としてステップアップしていくための明確な階段がないのが、先輩として本当に申し訳ない。これまで自分の作品づくりや身の回りのことに精いっぱいで、そういう整備をしてこなかった自分たちにも責任がある。これからは少しずつでも問題を改善していけるように、映画業界へも働きかけていきますので、みなさんもがんばってください。僕もがんばります」と受講者たちにエールを送りました。
その言葉通り、是枝監督は2022年6月に諏訪敦彦監督とともに発足した「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」の発起人として、映画の未来に向けて持続・発展可能な新たな共助システムを求めるための活動にも取り組んでいます。

映画づくりやクリエイターたちを、自治体が率先して支援するのは大事
一人の映画監督としてだけでなく、映画業界の先輩として、日本映画界の未来を考えている是枝監督に、福岡という地方都市が、映画・映像クリエイターを支援していく意義と、その可能性、そして福岡市が日本映画のためにできることを聞いてみました。
「自治体がクリエイターの支援をしていくのは、非常に大事なことだと思います。ぜひ、こうした特別講座も継続してやってほしい。できれば、講座を受けることが、直接、次の仕事の展開へとつながるような複合的プログラムになっていくのが理想ですね。今回は、僕だけでしたが、ここにフリーのプロデューサーが何人もいて、作り手とマッチングできる場所にできるといい。インディペンデントで映画づくりをしている人たちには、そういう場がないから人脈が広がらず、なかなかキャリアアップができないんです。例えばタレント事務所と連携を取って、所属のタレントを使うことで、予算を引っ張って作品をつくるということはできるし、そこからステップアップしていくことは可能。ただ、誰もがそういう組み方をできるわけじゃないから、そこをつないであげるプロデューサーが必要です」。

「だから、まず東京のプロデューサーと、地元の作り手と出会えるような場をつくり、そこで地元のプロデューサーも学べるようにする。そして、1週間くらいかけて、クリエイターたちと、次の企画開発をしていくんです。そういうことを積み重ねていけば、そこから作品が生まれたり、監督が生まれたりしていきます。海外では、そういう映画人のハブ的な役割を映画祭が果たしていることが多いですね。日本では、映画祭というとスターが来てレッドカーペットを歩くという、華やかなイメージしかないけど、その裏で行われている人材交流や育成、それから新しい才能を発展する場所としての機能が大切なんです」。

日本で映画を撮りたい海外の監督たちはたくさんいる。
「それから、地方はロケ誘致をきちんとやるべきだと思います。日本は海外の映画人に、とても人気があるんです。風景も、食べ物も、映画文化も、歴史も、圧倒的に豊かですから。ただ、日本で映画を撮りたくても、なかなか撮影許可が下りない。それで、台湾や韓国に行ってしまうという状況が多発しています。行政の支援や、税制的な優遇制度などを整える必要はありますが、そうしたことも考慮したうえで、ロケ誘致には力をいれたほうがいい。そのためにも、フィルムコミッションの役割は非常に重要です。国内の撮影でも、サポート体制がある地方都市は、制作部にとって大きな魅力があります。東京近郊でいうと、長野か名古屋が非常に撮影しやすい。名古屋は道路封鎖ができて、全車線使っても構わないし、古い建物の使用にも非常に協力的です」。

最後に、クリエイティブ都市を目指す福岡にメッセージをお願いしました。
「福岡は韓国も近いし、立地的にいえば、東京よりもずっとアジアの中心になりうる場所だと思います。その立地を生かして、日本で一番国際色の豊かな映画製作のハブとなるクリエイティブな都市を、目標にされるといいんじゃないでしょうか。 そうすれば、映画人も自然に集まってきますから。東京にできないことを、ぜひ福岡でやってください」。


是枝裕和(これえだひろかず):映画監督
1962年6月6日、東京生まれ。 1987年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリ一番組を演出、2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。
主なテレビ作品に、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追った「しかし…」 (1991年/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、一頭の仔牛と子どもたちの3年間の成長をみつめた「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(1991年/CX/ATP賞優秀賞)などがある。
1995年、『幻の光』で映画監督デビュー。『誰も知らない』 (2004)、 『歩いても 歩いても』 (2008)、 『そして父になる』 (2013)、『海街diary』 (2015)、 『三度目の殺人』 (2017)などで、国内外の主要な映画賞を受賞する。2018年、 『万引き家族』 が第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネート。2019年、カトリーヌ ・ドヌーヴを主演に迎え、全編フランスで撮影した日仏合作映画『真実』が第76回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門のオープニング作品として正式出品。 2022年、韓国映画 『ベイビー ・ブローカー』 がカンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞(ソン ・ガンホ)、エキュ メニカル審査員賞をW受賞。最新作の『怪物』 (2023)は、第76回カンヌ国際映画祭にて脚本賞、クィア ・パルム賞を受賞した。

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